2022年6月26日日曜日

松阪市辻原町 白衣観音覆屋の六地蔵石幢

 

平成の合併までの旧松阪市内に重制石幢は残っていないと思っていました
古い資料の中には小野町の無量寺墓地に龕部が残されているとありますが
これは残念ながら既に散逸しています
ところが住民協議会が作成したウォーキングマップを眺めていると

辻原町に六地蔵石幢らしき記事を見つけて さっそく出かけてみました

松阪の市街地を抜けて166号線を20分ほど走って 
辻原町信号交差点から阪内川を渡って集落に入っていきます
集落の中の公民館と並んで立派な覆堂があって
中に小さな観音さんと重制の六地蔵石幢が立っています

基礎から宝珠まで全ての部材が揃っていますが

龕部以外は花崗岩で作られた後補で 龕部だけが溶結凝灰岩に彫られた当初のもののようです

枠取りのない平らな面に地蔵さんが薄肉彫りにされています

頭の周囲に円光背が線刻されています

持物はよく見えませんが 美しい地蔵さんです 

石幢の隣に置かれた白衣観音さん
文久年間に辻原の豪族の幼い女の子が亡くなりその供養に建てられたと伝わっています


ここに来るまでに通った国道166号線が旧和歌山街道

阪内川を渡って川の上流に向かって延びる道は宇気郷を経て美杉に続く阪内道です

この石幢は阪内道に沿った美杉由来のもののように思えます

2022年6月24日金曜日

津市美杉町石名原 下垣内庚申堂の六地蔵石幢

下垣内のバス停から堀抜橋で伊勢地川を渡って 
すぐのところで右手に延びる小道に入ります 
その小道が伊勢本街道の古道です
集落の裏を五分ほど歩いて そろそろ舗装された本街道に合流すると言う場所に
下垣内庚申堂の覆屋が立っています
覆屋の中には丸彫りの地蔵さんと青面金剛さんが立っていて 
その周囲を小石仏が囲んでいます
覆屋の外には双体仏と並んで六地蔵石幢が立っています

地蔵さんの腰の辺りで断裂してしまっていますが 重制石幢の龕部です
他の部材は寄せ集めたもののようです
大洞石に刻まれた地蔵さんは 痛みがひどく持物も何も判別できませんが
枠取りをせずに真っ平らな面から刻み出されたとおもわれる地蔵さんは
肩に豊かな張りを持っていて なかなかボリューム感があります
伊賀の石幢に彫られる地蔵さんらよりも
上多気や下多気の石幢にみられる地蔵さんに近いかと感じます
今では鄙びた旧街道の面影を残す石名原宿ですが
人が歩いて旅をした頃には 参宮客などで賑った道だろうとおもいます
宣長も菅笠日記の旅では ここ石名原宿で一泊しています
おもしろいお話なので 少し引用しておきます
 
さて今日は 多気まで物すべかりけるを 雨いみしうふり 風はげしくて 山のうへゆくほどなどは みの笠も吹はなちつゝ ようせずは 谷の底にもまろびおちぬべう ふきまどはすに 猶ゆくさき 聞ゆるかひ坂もあなるを かくてはえこえやらじとて 石な原といふ所にとまりぬ

宣長さんも雨と山道続きの伊勢本街道には辟易としたようで 多気までの日程を諦めてここ石名原で一泊しています
榛原の宿で「難路やで無理はやめななはれ」と言われたのに 来迎寺の(松阪の人なら知っているあのお寺)の戒言さんが 「ようけの人が行くんやで それほどのことはないわさ 足さへあったら行ける行ける」と言うので 散々な目にあったわけです

2022年6月21日火曜日

亀山市加太 梶ヶ坂の六地蔵石幢

加太梶ヶ坂 常光寺へと続く緩い参道を登っていく 
民家とさほど変わらない見かけの素朴なあじわいのお寺でした 
本堂の前に地蔵さんと並んで重制の石幢が祀られています
この石幢は元は別の場所にあって道路拡張にともなってここに移されたといいます
六地蔵石幢は旧街道に沿った場所に残されていることが多く 
特に伊勢参宮のルートと重なっていることが目立ちます
この常光寺の石幢もおそらく寺院や墓地ではなく大和街道の沿線という立地を選んで造立されたものだろうとおもいます

奈良盆地から木津川を辿って伊賀に入り 加太峠を越えて伊勢へと続く大和街道
奈良に都が置かれていた頃は この大和街道が東海道でした
都が平安京に遷ると近江から鈴鹿峠を越える阿須波道が官道としての東海道と定められますが その後も大和街道は東海道の脇街道として多くの旅人が通った道だったろうとおもいます
地元では「六角地蔵」と呼ばれているようですが 重制石幢の龕部だけが残ったものです
地衣類が覆っていてわかりにくいですが 他ではあまり見かけない姿の地蔵さんです
矩形に彫り窪めた中に薄肉彫りされた地蔵さんは
身の丈に不釣り合いな大きな顔で 僧衣の裾はスカートのように広がっています
胸の辺りが盛り上げられて まるで腕組みをしたお相撲さんのように見えます

仲楽寺の六地蔵石幢 津市安濃町太田

安濃川の左岸に広がった田園は 南北に伸びる河岸段丘に遮られてしまって 田園と低い丘陵との境目に沿って集落が並んでいる 車で不用意に在所の小道に入り込んでしまうと 進退きわまってしまいそうで 離れた場所に車を捨てて しばらく在所の中を歩いていく 仲楽寺は明治時代に廃寺となって その...